> カテゴリ
全体
選手、気持ち
保護者の皆様へ
指導者関係
技術
からだのメンテナンス
名言、格言
他チーム指導者の言葉
ちょっと笑える話
ishii morioの独り言
> フォロー中のブログ
> メモ帳
<   2012年 11月 ( 45 )   > この月の画像一覧
うまくなるには
「うまくなるには」

 一方的に押し付けられる指導では、右の耳から入った言葉も左の耳から抜けて出てしまい、頭の中には残らないものです。
 例えば、今の状況の中で何をすべきか、どう動くべきか、それらを意識せずに何も考えないままプレーしてしまっては、いい結果は生まれてきません。

 何より流されるままに、目的も何も意識せずにバスケットボールをしても何も楽しくないはずです。
 まずは、何をすべきか、どう動くべきか考えてやってみる。
 うまくいかなければ、やり方を変えてみる。
 それでもうまくいかなければ、チームメイトを真似てみる。
 それでも、わからなければ、チームメイトに聞いてみる。
 それでも、だめだったら、指導者に聞いてみる。

 バスケットボールの難しさは、プレーが途切れないことです。展開が速く、状況は刻々と変化します。何も考えていない。意識していなければ、何も出来ずに終わってしまうのは目に見えています。
 プレーのイメージを頭の中にあるのとないのとでは、できることが変わってくるのは当然です。

 わからないままプレーするのは、苦痛なものです。わからないままにしないことが大切なことです。
 人に聞く、本を読む、ビデオを観る。何気なく見ないで、気づいた事をノートに書いてみる。たまには、マンガを描いて図解にしてもいい。

 目的意識があれば、おのずと考えてバスケットボールをするようになります。やがて、自分のプレーが変わってきます。いい動き、イメージどおりのプレーが出来たときの達成感を味わうことができれば、楽しさを感じる事ができるでしょう。

 イメージどおりにプレーできない時、悔しさが出てきたら、それも成長です。失敗こそ、改善するという作業を身につけることになります。
 失敗してもいいんだ。失敗のまま終わらなければいいんだ。成功するまでやり続ければ、失敗は成功に変わる。
 何もしないことが一番の失敗である。失敗のまま終わらせることが、成長を妨げることです。
 色々な経験をしてこそ「成長」があると信じています。

(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-28 23:48 | 選手、気持ち
ミスするから成長する
「ミスするから成長する」

 子供達はミスをするところから始まります。
 生まれて初めてバスケと出会い、真っ白なところから技術やチームプレーを学んでいくのですから、最初から出来るはずがないのです。
 それは、ミニバスの最上級生になった6年生も、成長したといっても子供としてはまだまだ成長している途上にあります。成長する途上にあるということは、ミスをすることで成長するのです。

 チームプレーの基本である仲間のために!と心に刻んだ最上級生の6年生です。
 試合中に同じミスを繰り返し、仲間のためにプレーが出来ていないと自覚しているのは本人です。どうしてもトラベリングを繰り返す、どうしてもゴールを焦ってパスをミスする。イージーシュートを外し、カウンターブレイクで得点される。と思ったら見違えるような速攻で、かつパワフルなバスケで魅了する。
 一体、どっち?と思い、どちらも本当の姿なのでしょう。子供達、本人自身もわからないのです。
 そもそもミスをするつもりでプレーをしているのではないですから、それを公式戦で目に余るほどするから、コーチは呆れるように叱るのですが、公式戦だからこそ、子供達の頭は真っ白になってしまうのでしょう。

 ミスを繰り返す子を落ち着かせたいのですが、ミニバスでは4Qでしか選手の交代はできないのでいかんともし難いのです。
 そして、チーム力の気持ちの弱さが、全力を出せずに終わった試合に悔やむのです。
 チーム力としての心の強さを育てるのはコーチの責任です。
 一方で、その公式戦のミスが本人を成長させていくものだと思います。子供達は仲間のために懸命にプレーしているのです。

 子供達は何らかのミスをします。しかし、それを単なるミスで終わらせることなく、あきらめない心でチームの仲間みんなが果敢に攻めていきます。
 まさに、ひとりの仲間のミスをチームでカバーするようにプレーするのです。

 ある審判の方で、教育者としても素晴らしい方が話してくださいました。

 『コーチは忍耐強く、子供達のプレーを見続け指導していくことです。コーチがあきらめたら、子供自身もダメだと思うのです。いくら失敗をしてもその子の持ち味を活かすプレーを続けさせることが大事です。
 ミニバスで、それが開花しなくても必ず近い将来に開花します。』

 子供達自身が勝つ喜びを知り、負ける悔しさを知りました。コーチが思う以上に子供達の気持ちは強くなっていると思います。
 ミスをすることで、明らかに子供達は成長しています。願わくば、公式戦でその結果を出して欲しいと思います。
 コーチのためではなく、親のためでもなく、自分のために、そして、仲間のために、あきらめない強い気持ちで全力でプレーしてくれることを望み、子供達の指導に努めましょう。


(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-28 21:17 | 指導者関係
結果はついてくる?
「結果はついてくる?」

 何事にも結果はあります。その結果には原因があります。結果は目標とも言い換えることができるでしょう。
 目標とは達成すべきものです。その目標という結果を目指して考えて、そして行動するのです。
 行動することが大事です。行動しなければ結果は出ないでしょう。
 自分の目指すものに行きつかなければどうしようと思い、そんな結果はイヤだと悩むことで怖れが生まれ、行動できなくなっていく!?
 しかし、行動しなければ、いかなる結果も出ないのです。だからといって、むやみに焦って行動しても結果は失敗するのでしょう。

 シュートすることがひとつの結果であるならば、自分だけで強引に考えることもなく、シュートに行ってディフェンスに完全に阻まれてつぶれるか、ファンブルするか、トラベリングするか!?で相手ボールになってしまい、シュートという結果を得ることはできなかったこと。
 このシュートという結果は、チームが求める結果です。個人が求める結果ではなく、ボールを仲間で繋ぎ最後にシュートで完成させるのです。
 ですから、その強引なシュートに行き、チームの目指すものをつぶしたことと、チームの他のメンバーが彼に強引なシュートに行かせたこと。もっと言えるのはチームにそういうシュートをさせた指導者の責任です。
 その強引なシュートがうまくいき、結果を得ることができたら、その指導者は、そのシュートプレーをほめるのでしょうか?つぶされて投げ捨てたボールがリングに入れば結果を出したのですから、よいのでしょうか?
 それは違うと思うのです。結果に至る過程が大事なのです。
 ボールを、シュートという結果を目指しチームで繋ぎ、シュートをするべき者がシュートをして終わる。それでシュートを外してもチームが目指した過程は正しいのです。
 その正しい流れでシュートを外したのは、最後にシュートを打った個人の能力が原因なのです。そのプレー全体は間違っていません。
 その正しいプレー過程を経て、外してしまったシュートはチームの結果としては間違っていません。問題はチームとして打つべきシュートを打ったか!?ということです。

 そのことを指導者は当然ですが、そのシュートをしたプレーヤーと、そのシュートをさせたメンバーは、しっかり考えるべきなのだと思います。それがチームとして悔しい結果に終わったならば、悔しい結果から学ぶべきは、その悔しい結果を繰り返すことのないように、どうするのか考えて次の行動に繋いでいくことです。

 その時に結果を追い求めるのではなく、今!目の前のプレーに集中し、今!そのプレーを行う。
 例えば、ボールをしっかりキャッチすること。キャッチする瞬間に次のプレーを焦るからミスをする。
 ゴールを狙うこと。それは間違っていません。しかし、ゴールだけしか見てないから強引なシュートに行く、強引なシュートに行ってつぶされる。
 ゴール下の仲間だけを見るから、ディフェンスがねらっているところにパスを出す。また、パスを出させる。そんなパスはカットされる結果になるのは当たり前でしょう。

 大切なのは、その瞬間の今!どのようにプレーするのか?その「今!」を考えて、ひとつのプレーを大事にしなければならないのです。

 そんな次を焦るプレーを繰り返すのはなぜなのか?それは、結果を追い求めるからです。
 追い求めることなく、コツコツとひとつひとつのプレーを積み上げていくことがベストな行動だと思います。今のプレーをしっかりと行うことをしなければ、目指す結果を得ることはできないのです。

 そして、頭を真っ白にしないこと。そのためには、一瞬止まって視野をとって判断することです。プレーの流れのままに、次はシュートしかないと思い込むから、強引なシュートに行ってつぶされる。
 パスが通るか通らないか、どこにパスを出すべきか、どこでパスを受けるべきか、判断しないからパスがカットされる。

 「今!」を大事にしないから、目指す結果を得ることができない。確かにこのことは言葉で言うことは簡単ですが、実際にやるとなると難しいでしょう。
 しかし、子供達は試合を積んで経験してきています。プレーヤーとして成長はしていますが、同じ誤った結果を繰り返しているのも事実です。
 そこはメンタルな部分です。メンタルな強さ、冷静さは経験によって培われるものです。

 コーチは繰返し指導を続けていくしかありません。結果を追い求めるのではなく、結果を見据えた今! のプレーのひとつひとつに集中すること。子供達ひとりひとりが、今! を確実に繋いでいくことで結果を得ることができるのです。
 そうすれば、結果はついてくるはずです。結果は追い求めるものではないのです。


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-27 23:52 | 指導者関係
指導者は教育者?
「指導者は教育者?」

 昔の部活は顧問先生によるスパルタ指導でした。ミスをすれば、ビンタは当たり前、ボールをぶつけられ、『やる気あんのか!?』と怒鳴られながら、蹴られるのは当然。それでも、部員は辞めずに続けました。
 昭和ノスタルジーの時代です。

 このような指導を可能にするためには、選手と指導者の基本となる気持ちがひとつになり、共有されていることが大前提だと思います。それがないと、いずれは指導者と選手は割れるでしょう。
 それは、今の時代も基本の精神は同じだと思います。しかし、昔のようにすべてがスパルタ式暴力はないでしょう。時代が違うからです。
 周囲の価値観が多様になり、大きく異なる時代です。ビンタをする、蹴る、という暴力は指導者として反対です。
 たとえ愛情を持った、この子供達の想いを叶えさせてあげたいという想いからくるビンタ、仲間への思いに欠けたプレー、全力ではない自分に甘い行い、指導者は心に痛みを感じながらで行うビンタ。いくら、指導者の熱き想いを伝えるものとしてであっても、それは許されるものではありません。
 ミニバスでは、ミニバスのそもそもの精神から、ビンタという行いは反対です。

 指導者と選手達が共有する気持ち
例えば、世界選手権出場、上位入賞、優勝!、または、オリンピック出場、メダル獲得!
全国大会出場、ベスト4以上の入賞!そしてセンターコートに立つ!
県大会出場、県大会優勝!県大会ベスト8!県大会一回戦突破!
市内大会出場、市内大会優勝!地域予選ブロック突破!

 それぞれのレベルで、それぞれの目標があり、それぞれの目標に向かって、子供達、少年達、青年達、大人達は日々練習をしています。
 その目指す目標は、最初は指導者が示すのでしょうが、やがて、それは選手達自身が目標としていくことが、もっとも大事なことだと思います。
 その目標は、やがて指導者のものではなく、選手自身が自分達の目指す目標になっていなければならないのでしょう。そうでなければ、選手自身が何のためにそのスポーツをしているか応えられないからです。
 当然、その基本にはそのスポーツが、「好き!」という気持ちがなければいけません。その好きという気持ちから、その好きなスポーツによって達成したい目標を仲間達と共有すること。
 そして、指導者は選手達が目指す目標を実現させるために、選手達のために、厳しく辛く、苦しい練習を指導していくのでしょう。決して、指導者の気持ちを満足させるために厳しく辛く、苦しい練習を選手達に強いるのではありません。

 指導者は、選手達の気持ちをひとつにするように指導します。
 そして、選手達の気持ちがひとつの目標に向かって共有されたならば、選手達の想いを、指導者自身のものにして、選手達と指導者が同じ想いを共有しなければならないのです。

 そのためには、指導者が、まず熱い真剣な想いを選手達に伝えること、選手達が、そんなことは無理だと応えても、夢を手にする喜びを語り続けること。夢を手にする努力があって、夢を手にすることが出来ること。
 ちょっと旧いですが、ドラマ“ルーキーズ”の川藤先生は、『夢にときめけ!明日にきらめけ!』と熱く語り、また、松下幸之助氏はこう言いました。

 『世の中の多くの人は、少々うまい事いかなくなると途中で諦めてしまう。本当に物事を成し遂げる為には、成功するまで諦めない事である。』

 これらの言葉は、今の指導者の人たちが、心に刻むべき言葉だと思うのです。それを選手達自身が、自分達の想いとして心に持たなければ、指導者の思い描く成長を子供達に教えることはできません。
 そのためには、指導者は語るだけではなく、選手達自身が、自分達にもその夢を実現させることができるかもしれないと選手達の心が変化していかなければなりません。

 その指導のやり方は、最初は強引でもいいから、指導者が選手達を引っ張っていくしかないでしょう。選手達は、部活を辞めていくかもしれません。
 それでも指導者は、語り続けるのです。
 熱い想いを選手達に語り続けるのです。
 今の子供達は白けて聞いているかもしれない。
 それでも指導者は、子供達が前向きに歩いていける人になってくれるために、最初から夢は夢でしかないと思わないために、教育者として、指導者の立場で語り続けて、行い続けることです。
  現代っ子といいながらも、子供達には夢があり、それを実現させたい想いは絶対あると思うのです。それを教育者たる指導者は引き出してあげるのです。

 指導者があきらめてはいけないのです。所詮、この子たちは、ここまでの想いしか持っていない。だから、このぐらいの指導しかできないではないのです。
 まず、指導者の姿勢なのです。揺るがない、夢に向かわなければ、夢は叶わないという想いを指導者自身の人間性をもって懸命に子供達に伝えるべきなのです。
 子供達には、そういう大人になって欲しいという強い信念が、教育者たる指導者には必要だと思います。


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-24 22:38 | 指導者関係
チームの規範
「チームの規範」

 規範とは、守るべきルールのことを言います。
 それは規則も含まれますが、文書になっていなくても慣習的に守るべき社会的マナー、道徳、倫理観なども規範です。
 スポーツにおける、特にチーム競技における規範は、そのチームの創設時から続いている受け継がれている伝統であり、その礎は、そのチームをけん引する指導者によって作られるものです。
 指導者によって作られる規範は、指導者の指導哲学、コーチング・フィロソフィーがその基本となるものでしょう。

 東京オリンピック・ヘッドコーチの故・吉井四郎氏は次のように述べられています。
 『コーチング・フィロソフィーとは、生まれ持った資質に、体験や経歴により修正されつつ作り上げられるもの。物事に対する考え方や態度、姿勢として現れる行動の規範となるものである。
 したがって、それは借り物ではなく、独自の価値観、人生観から生まれ出てくるものであり、経験によって成長していくものであろう』

 それ故、チームの規範とは、受け継いだ伝統を尊重しつつ、その伝統に囚われることもなく、指導者の常識と良識による価値観によっても作られるものだと思います。
 何が常識で、何が良識なのかということは、社会生活を送る上での協調性、社交性、主体性、明朗性、実行力などでしょうか。
 その指導者のコーチングフィロソフィーが、チームの規範となり、チームメンバーをひとつの方向に向かわせるものだと思います。
 チームの規範として大事なことは、まず第1に、チームが目指すべきものをメンバー全員が共有することです。「このチームが目指すべきものは何か?全力でプレーすることなのか、結果として全国レベルの大会で上位を目指すのか」これは、チームの目的ですから、その目的がチームメンバー全員が共有していれば、チームの方向性・ベクトルは一つになるのでしょう。
 第2に、チームとしてのルールです。これは、コーチが細部を決める部分もあるでしょうが、多くはチームメンバーで作っていき、もしくは無くしていくものだと思います。
 無くしていくルールとは、制裁を加える、行き過ぎた管理体制というような悪しき慣習などです。また、日常生活の部分でルールを作ることもいいことだと思います。
 日常生活の礼儀、信頼、約束、ユーモアなどは、バスケをする者たちに感性として根付き、試合をする者の、試合以外における規範が行動として現れ、相手に爽やかな想いを抱かせる。
 それは、スポーツマンらしさを表現するものとして大事なことだと思います。

 特に、チームの規範として、ミニバスの指導者の言動は最も大事なものです。相手チームの指導者や子供たちに対する態度は、配慮すべきでしょう。
 自分のチームの実力を鼻にかけ試合をしてやっているというようなコーチや、ベンチに横柄に座って、子供達を畏怖させるような言動で接しているコーチ、そのようなコーチは、反面教師として最高の存在ですが、そのようなコーチを指導者として受け入れている、そのチームのスタッフや保護者は、誰のためのチームなのかを考えて、コーチに物申すなど、行動するところは、しっかりと団結して行動すべきだと思います。

 チームメンバー、特にミニバスの子供たちは、コーチには反発できません。反発することがいいことだとは思いませんが、指導者の資質に、明らかに欠けていると、スタッフや保護者の大部分の方が思われるのならば、徹底してコーチと話し合うべきでしょう。
 特に、アシスタントコーチであるスタッフは、ヘッドコーチが絶対ではありませんから、コーチング・フィロソフィーという視点で納得がいかなければ、チーム一丸のために、あるべき指導について方向性を一致させることが大事だと思います。


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-24 21:23 | 指導者関係
チームワーク
「チームワーク」

 チームワークという言葉を聞いて、どういうイメージを持ちますか?
 古い考えや間違って考え方で言えば、自己犠牲の上に成り立つものがチームワークと考えていませんか?

 あなたが指導者ならば、本当のチームワークとは何かを選手に説いたことは必ずあるはずです。

 人は一人では生きられません。人は支え、支えられて生きていくものです。職場でも、友人同士でも、家族でも、どんな人間関係でもチームワークは存在するものだと思います。
 「みんなのため」「チームのため」に、自分の言いたいことを我慢して、周りにあわせることがチームワークという考え方はとても美徳に思えます。
 自分のためにでなく、人のために行動する”自己犠牲”の考え方が、日本人には受け入れやすいのです。
 それが本当のチームワークという観念がいつしか根付いている気がします。

 自分を殺して、チームのために生きることは「我慢しながら」「耐えながら」というマイナスエネルギーが働くのではないかと思います。
 ならば、「自分のために」と考えて動くほうがいいのではないかと思うのです。「自分のため」=「自分勝手」ということではないのではないかと思います。
 同じ行動をするにも、「自分の成長、変化、発見、学び」の喜びを得られるならば、結果的に、人のため、チームのためになる行動で”自己犠牲”的な行動であっても、「自分のため」ということになります。

 「人のために」「チームのために」周りのことを考えて行動することは、「自分が成長するためなのだ」と気づき、意識することで、よりポジティブな行動になるのです。


「バスケットのちから~籠球論語~」より
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-20 21:53 | 指導者関係
出だし
「出だし」

『スタートダッシュで出遅れる♪
どこまで行っても はなされる♪
ここ~で お前が負けたなら♪
オイラの生活~ ままならぬ♪』
〔走れコウタロウ…より〕

 さて、スタートダッシュでイッキに最大限の力を爆発させるとは、フィジカル面を準備させて、それを支えるメンタル面の準備状態を、戦闘モードにまで高めておくことです。
 そのためには、フィジカルもメンタルもスキルもすべて、最初の瞬間が、いつ訪れてもいいようにアドレナリンを全開にして、なおかつ、心は静かな水面のごとく冷静でなくてはなりません。
 そんな体と心が一致した状態など神の領域です。
 しかし、人はその状態を作り出すことができるのです。

 第一試合、第1Qのティップオフ、バスケットゲームの出だしです。うちも相手チームも同じ条件です。ここで気持ちを据えて、自分達を見失わず、ゴールを焦らず、ガッチリと相手と組み合うことです。
 最初はいかなる相手とも0対0 から始まるのです。そのスタートを、いかに自分達のチームのプレースタイルで試合を展開することができるかにあります。
 ここでは、ゴールを焦りミスを重ねないこと。練習で作り上げたディフェンスをやりきることです。最初の1分はガッチリと組み合う試合をする。耐えながら自分達の試合にしていくこと。
 相手の流れになろうとしていても耐えて、あきらめずに、ひたすら粘ってチームのプレーをすることです。
 この出だしのプレーを意識して、プレーヤー全員が果敢に攻めていくことです。受け身にならずに気持ちで攻めていくことです。この気持ちの強さの差が結果に繋がるのです。

 もうひとつの出だしは後半、3Qの出だしです。ここを集中しないと一瞬のゆるみが、ミスを重ね、あっという間に一気にもっていかれます。特に、勝ちパターンで来ているチームが逆転されるのは、この後半の出だしの一瞬の気のゆるみから崩れていきます。
 後半の出だしは、その時点の勝ち負けの状態を意識しないことです。1Qの出だしと同じ気持ちで入ることです。ガッチリと相手と組み合う意識で、0対0 の状態と思って入ることです。
 勝ち負けを意識しないことです。ここの互いのチームの、試合にこだわる意識の強さが、結果を自分のものにするか、しないかの分水嶺になることを、チームメンバーはしっかりと共有しなければなりません。
 結果は、ゲームオーバーのブザーがなる瞬間までわからないのです。そのために、スタートの出だしのプレーが大事なのです。

 健闘を祈ります!


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-20 20:43 | 選手、気持ち
ボディーチェック
「ボディーチェック」

 ボールを持たないマークマンへのディフェンスで、大事なものとしてボディチェックがあります。
 ボディチェックとは、マークマンの進行方向に体をいれてブロックすることです。例えば自分がトップの位置でディフェンスをしていて、右ウイングにボールがある場合、ボールサイド・カット(トップから右ウイング側を通ってインサイドに行こうとする動き)には、ボディチェックをしなければなりません。
 何故ならば、その過程でボールがマークマンに入ってしまうと、後追い、もしくは並列の状態でディフェンスしなければならなくなり、ドライブやステップインに対して極めて不利だからです。
 後追いは論外だとしても、並列の状態では、相手が体を寄せてくるのは容易ですが、守備側が移動しながら進入をブロックするのは困難で、ファウルにもなりやすいシチュエーションです。

 ディフェンスは常に相手の進行方向に体を置いておかなければならず、「並べばオフェンスの勝ち」というのは常識です。ですので、インサイドへの侵入と不利な体勢での1対1を阻止し、ディナイを継続させるために、是非ともボディチェックを行いましょう。

 普通のディナイポジションをとっていればそうそうカットインされないでしょうが、注意すべきはボールサイドジャンプです。例えばボールマンにディフェンスをしていて、その相手がウイングにパスをした場合、すぐさまディナイポジションをとらなければ、そのウイング側に進入されてしまいます。
 これを防ぐために、オフェンスがパスをさばいたサイド側に、すぐさま一歩目を踏み出す癖をつけましょう。これはディナイの始まりですが、このような心がけのプレイをボールサイドジャンプと呼びます。

 これはハーフコートだけではなく、オールコートディフェンスの時などでも有効で、オフェンスのボールの運びづらさが一気に増しますので、是非とも身に付けてください。


「あなたがバスケットボールで全国大会に出られない理由」より
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-17 05:32 | 技術
誰のために
「誰のために」

 自分が悔やまないためにどうするべきか?
 仲間のために…何をしてはいけないのか!?
 仲間のために…何をするべきなのか?

 考えなくてはいけないのは、コーチに怒鳴られないためにバスケをするのではない。コーチにほめてもらうためにバスケをするのではない。
 親に叱られない、親にほめてもらう、そんなためにバスケをするのではない。
 自分がやりたいバスケをして、バスケの楽しさを味わうためにバスケをするのです。

 自分ひとりでは、その楽しさを味わうことはできないのです。
 チームがひとつになって、同じゴールをねらうことで、バスケをする喜びを仲間と共有し、仲間をひとつにするのでしょう。
 ゴールを共にする仲間がいて、苦しく辛い練習も越えていけるのです。
 今、子供達に語っているのは、『勝つことを狙うな!、しかし勝つことをあきらめるな!そして、負けることを怖れるな!自分を活かし、自分を活かすことで、仲間を活かせ!全力! 集中! 仲間のために!』

 6年生に残されたミニバスの時間は、あと4ヵ月余りになりました。
 今の子供達が身に付けなければならないのは、強靭で、しなやかなメンタル力です。
 自分達のスタイルのバスケにこだわり、そのために、何をするべきか考えて、それをチーム全員が共有して行うことです。
 自分達で考え、自分達が行うこと。それが彼らに目標として示した『自立と自律』のバスケであり、これからも忘れて欲しくない生き方なのです。

 いよいよ、公式戦です。
 練り上げたチーム力が試されるときです。
 子供達のメンタル力が試されるときです。
 コーチは試合が始まれば、声援を送るだけです。子供達のミスや外したイージーシュートを大声で叱っても仕方ないのです。
 公式戦のオンザコートでは、子供達自身がどうにかするしかないのです。
 どのようなバスケをするべきなのか、子供達自身が考えて、行うこと。コーチは、彼らを応援する者として、彼らの試合ぶりを観戦しましょう。
 試合をするのは子供達であり、自分達が悔いなくプレーして、結果を得るために試合をするのですから、

『コーチの顔色をうかがいながらプレーをするな!自分達のゲームなんだから、自分達が満足できるゲームをすることだ!』

 自分が子供達に掛ける言葉として準備しているものです。


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-16 23:57 | ishii morioの独り言
自分が果たすべきこと
「自分が果たすべきこと」

 チームスポーツでは、自分の役割を果たすことが、メンバーひとりひとりに課せられた責任です。それは同じポジションの者以外、誰も代わりはできないのです。
 また、たとえ同じポジションであっても、チームのコーディネーションが取れなければ、チームとして機能しません。
 ですから、チームの中で、そのポジションの役割を果たすことができるのは、チームコーディネイトできる者だけです。
 選手はその自覚をしっかり持たなければならないのです。

 チーム力を上げるためには、試合で選手ひとりひとりが自分のポジションで果たすべき役割を自覚して、集中して、そのポジションのプレーをやりきることです。
 チーム力を上げるために大事なことは、『今、自分はどういう練習をして、どうやって強化すれば、どういう力が付くのか』ということを考えることです。
 選手ひとりひとりが目的意識を持ち、自分には今何が必要なのか!?を考えながら、頭を使って創造的に練習に取り組めば、練習の効果は何倍も違ってくるのです。与えられたメニューだけこなしていても、上達するレベルは他のメンバーと変わりません。

 自分をチームに欠かせない者とするためには、さらに、考えなければならないのです。考え抜いてやりきった者が勝ち残るのです。それが、厳しいけれども現実なのです。
 そういう練習をメンバー全員が行うことで、コーチの指導も活きるのです。チーム練習の中から自分なりの課題を見つける。
 そして、今日の練習で出来なかったことを、明日の練習で考えられるようにならないと個人の能力は伸びず、したがって、チーム力も伸びません。
 結局、チームと個人という関係を明確に考える者が、選手として伸びるのです。
 コーチから厳しいことを言われ、言われたことだけをやるだけでは、その選手は言われた分しか向上しません。さらに、上を目指すならば、チーム力を上げるために自分がやるべきことを考え理解し、創造的に自ら取り組んでいかなければ、個人の能力は昨日のままに終わります。

 明日の自分を向上させるために、自分で考え、自分で修正するように練習に取り組むことです。
 チームメンバー全員が、その意識を共有することでチーム力は相乗的に向上すると思います。


やっぱりミニバスのブログより
(ishii morio)
[PR]
by kamonomiyamini | 2012-11-16 21:33 | 選手、気持ち
   

指導者がいろいろなコメントや聞いたことを書き込んでいるページです。
by kamonomiyamini
> 最新のトラックバック
> ライフログ
> 検索
> ブログパーツ
> 最新の記事
選択肢を奪う指示
at 2016-11-14 22:06
「するな」と「しろ」
at 2016-11-02 21:40
子どものタイプ
at 2016-10-31 12:18
檄を飛ばす
at 2016-10-28 22:56
下手くそ
at 2016-10-28 17:50
> 外部リンク
> ファン
> ブログジャンル
> 画像一覧